マリニン 父も五輪経験者―なぜ絶対王者は8位に沈んだか

マリニン 父も五輪経験者―なぜ絶対王者は8位に沈んだか
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  • キーワード:マリニン 父
  • トレンド発生時刻:2026年02月15日 07:20
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2026年2月13日、ミラノ・コルティナ冬季五輪フィギュアスケート男子で歴史的大波乱が起きました。

約2年2カ月間無敗、個人戦14連勝を誇った世界王者イリア・マリニン(21歳・米国)が、ショートプログラム(SP)首位からフリーで15位に沈み、総合8位に終わったのです。

Quad God(4回転の神)」と呼ばれ金メダル確実視されていたマリニンの敗北を受け、その家族背景に注目が集まりました。

ロマン・スコルニアコフと母タチアナ・マリニナはともにオリンピアンであり、五輪経験者の両親を持ちながらも初出場の重圧に飲まれた構図が「マリニン 父」の検索急増につながっています。

目次

フリーで自己ベストから81点以上の大失速

マリニンはSPで首位に立ち、圧倒的な優勝が期待されていました。

しかしフリーでは冒頭の4回転フリップこそ成功させたものの、世界で唯一自身だけが跳べる4回転半(クワッドアクセル)が抜けて1回転半になるなど、次々とジャンプが崩壊しました。

6種類の4回転ジャンプを操るマリニンが、この日成功させたのはわずか3本と半分以下でした。

フリーの得点は156.33点で、自己ベスト238.24点から81.91点も届かない衝撃的なスコアでした。

合計264.49点で総合8位に終わり、自己記録333.81点から69.32点も下回る結果となりました。

金メダルは伏兵の同い年、ミハイル・シャイドロフ(カザフスタン)が獲得しています。

悪夢の始まりは団体戦の「断れない電話」

失速の最大の原因として指摘されているのが、団体戦への予定外出場です。

マリニンは当初、団体戦のSPのみ出場し、個人戦に向けた調整に専念する計画でした。

しかし団体SPを終えた深夜、米国連盟の関係者から電話がかかってきました。

「君が出なければ、負ける」

米USAトゥデー紙によると、その電話は「とても断れなかった」といいます。

日本が三浦璃来・木原龍一組と坂本花織のダブル世界王者で猛追してくる状況で、マリニンは団体フリーにも出場し金メダルに貢献しました。

その結果、わずか1週間で4試合という過密日程を強いられたのです。

名伯楽タラソワ氏が「エネルギーを全て消耗」と断言

浅田真央やアレクセイ・ヤグディン、荒川静香ら多くの世界的メダリストを育てたタチアナ・タラソワ氏(79歳)は、ロシア大手日刊紙『Sport Express』の取材で次のように語りました。

「団体戦で彼はエネルギーを全て消耗させてしまった。あの計り知れないストレスが彼の演技全体を台無しにしてしまった」
「1週間で2つのフル演技をこなすなんて、誰であろうとハイレベルで滑るのは不可能」

さらにタラソワ氏は「マリニンほどの選手は、オリンピックの最初から氷上に立たせるべきではなく、もっと後から立たせるべき」と提言し、フィギュア界全体で真剣に議論すべき問題だと訴えました。

オリンピアンの両親でも補えなかった「初五輪の壁」

マリニンの父ロマン・スコルニアコフと母タチアナ・マリニナはともにオリンピアンです。

しかし記事では「あくまで経験を聞くことしかできない」と指摘されており、五輪の重圧は自身で体験しなければ乗り越えられない壁であることが浮き彫りになりました。

マリニン自身も演技後、こう吐露しています。

「スタート位置に立った瞬間、全ての感情が押し寄せてきて、対処し切れなかった。緊張に、圧倒されてしまった」

さらに得点を待つキス・アンド・クライでは「北京に出ていれば…」ともこぼしたといいます。

2022年北京五輪では全米選手権2位だったマリニンですが、実績から代表3枠目には4位のジェーソン・ブラウンが選ばれ、出場が叶いませんでした。

北京五輪金メダリストのネーサン・チェンも、2018年平昌大会初出場でSP17位という地獄を経験した後、4年後に完全優勝を果たしています。

絶対王者であっても五輪の魔物からは逃れられない――マリニンの歴史的失速は、オリンピックという舞台の特殊性と、初出場の壁の厳しさを改めて世界に突きつけました。

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